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青森地方裁判所 昭和50年(ワ)235号 判決 1979年2月16日

原告

清川研吾

被告

フジ急行貨物自動車株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金二五八万七、一五〇円及び内金二三五万七、一五〇円に対する昭和四七年八月一二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決及び仮執行の宣言を求め

その請求の原因として

一  本件事故の発生

昭和四七年八月一一日午前六時五〇分頃、岩手県二戸郡一戸町中山字稲荷林付近国道上において、訴訟鈴木康三運転の保冷車(以下被告車という)が訴外高橋繁喜運転の大型貨物自動車(冷凍車)(以下被害車という)に正面衝突し、被害車は大破した。

二  責任原因

訴外鈴木康三は被告会社に自動車運転手として雇われていたものであるが、本件事故は同訴外人が被告会社の業務のため被告車を運転中、次に述べるような過失によつて惹き起こしたものである。

すなわち、被告車は本件事故現場付近を青森方面から岩手方面に向かい時速約六〇キロメートルで進行中、先行車を追い越そうとしたが、このような場合自動車運転者としては前方を注視して対向車のないことを確認して追越を図るべき注意義務があるのに、これを怠り漫然センターラインを越えて道路左側部分に進出して追越を開始した過失により、対向進行してきた被害車と正面衝突し、本件事故となつた。

従つて被告は民法七一五条に基づき本件事故に起因して訴外西山耕一が被つた損害を賠償すべき責任がある。

三  訴外西山耕一の損害

(一)  被害車両の損傷による損害 一二八万一、一五〇円

1  被害車は訴外西山の所有であつたが、本件事故によつてフレーム等車体の本質的構造部分に修理不能の重大な損傷を受けた。

そして本件事故当時における被害車の価格は四四〇万円であつた。

他方西山は損傷した被害車を訴外岩手日野自動車株式会社に代金一五万円で売却して、右代金を取得し、また車両保険金三〇八万円の支払を受けたので、その合計三二三万円を前記四四〇万円から差引き、結局西山が賠償を請求し得る前記損害額は一一七万円である。

2  被害車両牽引料及び保管料

被害車を事故現場から盛岡市所在岩手日野自動車株式会社まで牽引して、同会社に保管し、この結果西山は同会社に対し右料金一一万一、一五〇円の支出を余儀なくされた。

3  右1、2の合計一二八万一、一五〇円

(二)  被害車両の休車損害 五七万六、〇〇〇円

1  西山は、当時、被害車を利用して、北海道根室で毛ガニ、タラバガニ等の鮮魚品を購入して運搬し、青森県七戸方面で販売していた。

2  右営業による本件事故前の昭和四七年五月一日から同年七月三一日までの三か月間の総売上高は四五〇万円で、売上利益は少なくともその五割にあたる二二五万円を下らなかつた。そしてさらに、右期間中の燃料代、人件費、部品修理代、車両償却費合計一五三万円を控除すると、右三か月間の純利益は七二万円であり、従つて一か月平均の純利益は二四万円である。

3  被害車を修理しまたは新車を購入するとすれば、修理または購入に少なくとも一二〇日間を要する。

4  そうすると西山は本件事故によつて右期間被害車を使用することができなかつたため、九六万円の得べかりし利益を失つた。

ただし西山は無免許で運送業を営んでいたものであるから、被告に対し賠償を請求し得る損害額は右逸失利益額の六割にあたる五七万六、〇〇〇円が相当である。

(三)  慰藉料 五〇万円

西山は事故前被害車によつて運送業を営み、一家の生計をたててきたものであつて、このため被害車に対し多大を愛着があつた。しかるに本件事故によつて被害車は修理不能の損傷を受け、廃車を余儀なくされ、運送業の継続が不可能となつた。この結果同人は大きな精神的苦痛を受け、これを慰藉するには五〇万円を下らない。

(四)  弁護士費用 二三万円

西山は、前記(一)ないし(三)の各損害金合計二三五万七、一五〇円の損害を被り、被告に対しその賠償請求をしたにもかかわらず、被告はその支払に応じないので、弁護士に委任して訴訟追行することを余儀なくされた。そして右弁護士に支払うべき報酬等のうち前記請求額の一割にあたる二三万円が本件事故と相当因果関係のある損害にあたる。

四  債権譲渡

西山は昭和五〇年七月二八日被告に対する前記三の(一)ないし(四)の各損害金合計二五八万七、一五〇円の損害賠償請求権を原告に譲渡し、同日付内容証明郵便をもつてその旨被告に通知し、その頃被告に到達した。

五  請求

よつて原告は被告に対し前記損害金二五八万七、一五〇円及び内金二三五万七、一五〇円(弁護士費用を除いた分)に対する本件不法行為の日の翌日である昭和四七年八月一二日から支払済みに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べた。

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め

答弁として

一  請求原因一、二の事実を認める。

二  同三の損害の事実は争う。

(一)  被害車損傷による損害について

被害車の損傷は修理可能であつた。従つてその損害は修理費によるべきである。

のみならず被害車には保険金七〇〇万円の自動車保険が付されていて、本件事故による車両損害として三〇八万円が支払われたから、これにより被害車の損傷による損害はすべて償われた。

(二)  休車損害について

西山は無免許で自動車運送営業をしていたものであつて、かような行為は道路運送法によつて禁止され、刑罰の対象とされているのであるから、かかる不法な得べかりし利益の賠償を請求することは許されない。

(三)  慰藉料について

本件の物損は代替性のある自動車の単純な交通事故による破損に過ぎないから、この程度では慰藉料請求権は発生しない。

三  請求原因四の事実中、債権譲渡の通知があつたことは認めるが、その余は知らない。

と述べた。

理由

一  本件事故の発生及び責任原因

請求原因一、二の事実は当事者間に争いがない。

二  訴外西山の損害

(一)  被害車両損傷による損害

1  原告は本件事故当時における被害車の価格とその売却代金等との差額を損害として請求している。

証人中野正の証言及び同証言により真正に成立したものと認められるが甲第二号証、証人西山耕一の証言、千葉日野自動車株式会社に対する調査嘱託の結果並びに弁論の全趣旨によると、本件事故によつて被害車が受けた主な損傷箇所は、操向装置(ステアリングシステム)、前車両(フロントアクスル)、フレーム等であつて、操向装置、前車両等の各損傷部品は取替を要し、またフレーム(H型)は両サイドメンバーが曲り(とくに左サイドメンバーは上方に四〇ミリの曲り)、フロントクロスメンバーは取替を要するものであつたこと、しかし物理的に修理は可能であつて、その修理費の見積額はおよそ三〇〇万円前後であるが、西山は被害車を修理に出さず、損傷の状態のまま訴外岩手日野自動車株式会社に代金一五万円で売却したこと、他方被害車については訴外安田火災海上保険会社との間に保険金七〇〇万円の車両損害保険契約が締結されていて、右保険金支払手続においては全損と査定され、保険金三〇八万二、一〇〇円が支払われたことを認めることができる。

右認定事実によれば、被害車の損傷は物理的に修理可能であつたが、しかしフレーム等の自動車の本質的構造部分の損傷を含み、そして全修理費の見積額は三〇〇万円前後に達するのであるから、これに修理による評価落ち等をも考慮に入れると、後に認定する本件事故当時における被害車の価格と大差なきに帰することが推認される。かような場合には事故当時における被害車の価格による損害を請求することができるものと解する。

しかしながら本件事故当時における被害車の価格について、原告は四四〇万円と主張し、前記甲第二号証及び証人中野正の証言中には右主張に副う部分があるが採用し難い。かえつて前認定のように前記保険契約に基づく支払手続において、全損と認定されて、その填補のため保険金三〇八万円余が支払われたことを考慮すると、他に格別の資料がない限り、本件事故当時における被害車の価格は支払われた前記保険金額を超えず、そしてその損害はすべて右保険金によつて償われたものと推認される。

2  被害車両の牽引、保管料

訴外西山が原告主張のとおり被害車の牽引料及び保管料を支出し、その損害を被つたことを認めるに足りる確かな証拠はない。

この点に関する甲第一〇号証の一ないし三、及び同第一一号証はその体裁、内容に照らし真正に成立したものと認められるが、しかし右各書証をもつてしても西山が前記牽引料及び保管料を支出し、その損害が同人に生じたことを認めるに十分ではない。

(二)  車体損害

証人西山耕一の証言及び同証言により真正に成立したものと認める甲第三、四号証によると、訴外西山は本件事故当時被害車を使用して鮮魚、野菜類の運送業を営んでいたことが認められる。

しかし右営業所得について、納税申告その他領収証書の信憑性のある裏付けが何ら提出されていないことを考慮すると、被害車による運送料の収入収益額に関する前記甲第三、四号証の記載部分及び証人西山耕一の証言はたやすく措信し難く、他に右収益額を確定させるに足りる確かな資料はない。

のみならず次に述べる理由からしても、被害車の使用不能による逸失利益について損害賠償を請求することは認められない。

すなわち、西山が前記運送業をするについて道路運送法四条による運輸大臣の免許を受けていないことは当事者間に争いがない。

ところで道路運送法によれば、一般自動車運送事業を経営しようとする者は運輸大臣の免許を要し(同法四条一項)、右規定に違反して右事業を経営した者は一年以下の懲役若しくは三〇万円以下の罰金又はこれを併科される(同法一二八条一号)。また所轄行政庁は当該自動車の使用を制限し、又は禁止することができる(同法四三条、一〇二条)。以上のような諸規定ないしその法意に照らせば、<無免許の自動車運送業者は、右営業に供していた自動車が第三者の不法行為によつて損傷し、この結果使用不能によりそれまで得ていた利益を得られなくなつたとしても、その損害賠償を請求することは許されないと解される。>もとより無免許運送が行為の性質上公序良俗に反するとはいえないし、また前記規定は強行規定とは解されないから、かかる運送契約が私法上当然に無効となるわけではない。従つて無免許の運送業者も右運送契約に基づいて契約相手方に対し運送賃の支払を請求し得る権利を取得し、また相手方が右契約の履行を怠つたときは、債務不履行に基づく損害賠償請求権を取得できるものと解される。しかしかような解釈が是認されるゆえんは、結局、契約当事者の意思を尊重し、かつ取引安全、法定安定性の見地から、契約はできるだけ有効なものとして維持しようとする考慮によるものである。そうであれば運送人が右契約に基づく利益(運送賃)を取得することを法的に是認され併認されるのは右契約関係にある者との間に限られるべきであつて、<何ら契約関係になく、従つてその拘束を受けない第三者である不法行為者ないしその使用者に対する関係においてまで右と同様に解し、無免許運送業者の前記違法行為による利益の取得を法的に是認し、違法行為の用に供していた当該自動車の得べかりし利益の喪失の填補につき法的保護を与えるのは衡平の原理に反する。>加えて、所轄行政庁の取締によつて摘発されれば、当該自動車の使用を制限、禁止されることもあることは前記のとおりであつて、たとえ実際には右規制措置が発動されることが稀であるとしても、<発動するかどうかはもつぱら所轄庁の裁量に委ねられているのであるから、この点を考慮すると当該自動車のあげる収益は確実性の点で不安定であり、その逸失利益を算定するための基礎として考慮しなければならない程に定まつていないものというべきである。>

従つて被告車の休車損害の賠償請求は認められない。

(三)  慰藉料

一般に財産権の侵害の場合には、原則として、財産的損害の賠償によつて精神的苦痛も同時に慰藉されるのが普通であるから、侵害された財産的利益が被害者にとつて特別の主観的精神的価値をもつものであつたとか、或いは被害者に対し著しく精神的苦痛を与えるような状況のもとで加害行為が行われたとかの場合のように、財産的損害の賠償だけでは到底償うことができない程の精神的苦痛を被つたと認められる事情がない限り、慰藉料請求は認められない。しかるに本件においては一切の事情を斟酌しても物的損害のほかに、右のごとく賠償に値する精神的損害があつたとは認められない。

従つて慰藉料の請求は認められない。

(四)  弁護士費用

右のように前記(一)ないし(三)の各損害金請求がすべて認められない以上、弁護士費用は本件事故に基づく損害とはいえない。

また西山が本訴の追行方を弁護士に委任し、その費用を支払いまたは支払義務を負担したという事実関係にないことは弁論の全趣旨に照らし明らかである。

三  結論

以上の次第によつて、訴外西山は被告に対し損害賠償請求権を有しないから、爾余の判断を加えるまでもなく原告の本訴請求は理由がなく、失当として棄却すべく、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田辺康次)

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